7/29(木曜日)オグリキャップのお別れ会が放牧されていた新冠町の
レコード館という会館でとりおこなわれました。
鈴木も豪雨のなか車で現地に行き参加させていただきました。
関係者以外の一般のファンだけで500人近くは参列したのではないでしょうか。
司会進行役に鈴木淑子さんが来ていたり、「お別れの言葉」ではJRAの理事長、
北海道知事、笠松時代のオーナー小栗孝一さんなどとても豪華な顔ぶれでした。
私が死んでもとてもこんなに立派なお葬式にはならないだろうな(汗)
鈴木淑子さんの涙ぐんだ声から始まり、一般参列の方々の中でも涙ぐんで
いる方が結構いて、ほんとにこれほど愛された馬はいなかったとつくづく
感じました。
鈴木淑子さんと瀬戸口元調教師と安藤勝巳騎手の
「思い出を語る」
河内洋調教師も参加予定らしかったんですが残念ながら欠席でした。
一般参列者への記念品(クオカードがついてました)
昨日午後優駿スタリオンに埋葬されたようです。
オグリキャップが活躍した1988~1990年 バブルの時代
20年前の自分を思い出し、あの頃はああだったな、こうだったなって
懐かしく感傷的になったのは私だけではなかったと思います。
1990年の有馬記念がベストレースであることは異論がありませんが
鈴木が一番感動したレースは1989年のマイルチャンピオンシップ
絶望的な手応え、位置からバンプーメモリーを差しきり、
勝利騎手インタビューで南井元騎手が泣いたレースです。
今では考えられないG1連闘のレース、次走JCは惜しくも2着でしたが
オグリキャップが人間の思惑など知るよしもなくがむしゃらに走る姿に
本当に感動しました。
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